役員報酬の決め方完全ガイド|節税と手取り、社会保険料の「黄金バランス」とは?

会社設立の手続きが完了し、晴れて社長となったあなたが、最初に直面する最も悩ましい「経営判断」。それが「自分の給料(役員報酬)をいくらに設定するか」という問題です。

会社員時代は、会社が勝手に決めてくれた給与を受け取るだけでした。しかし、これからは違います。あなた自身が、あなたの給与を決めなければなりません。そして、その決定は、単に「今月いくら欲しいか」という個人の希望だけで決めてよいものではないのです。

「できるだけ多く取って、生活を豊かにしたい」
「いや、会社の利益を残すために、極力少なくすべきか?」
「税金や社会保険料が一番安くなる金額はいくらなんだろう?」

このように様々な思惑が頭をよぎるでしょう。しかし、ここで適当な金額設定をしてしまうと、後から「数百万円単位の税金を損する」ことになったり、最悪の場合、「銀行からの融資がストップし、会社が倒産する」という事態さえ招きかねません。

なぜなら、役員報酬は一度決めたら原則として1年間変更できないという厳しい「法的な縛り」があり、かつ、その金額が会社の利益(法人税)、個人の手取り(所得税・住民税)、そして会社の資金繰り(社会保険料)のすべてを決定づける「最大のレバー」だからです。

この記事は、新米社長が必ず突き当たるこの難問に対し、税理士としての専門知識と、数多くの起業家を支援してきた経験に基づき、「最も損をしない、最適な役員報酬の決め方」を徹底的に解説する完全ガイドです。

税金と社会保険料の仕組みを解き明かし、手元に残るお金を最大化するシミュレーションから、銀行融資を有利に進めるための戦略的設定、そして実務上の法的根拠まで。この記事を読み終える頃には、あなたは自信を持って「私の役員報酬は、この金額がベストだ」と断言できるようになっているはずです。

第1章:【鉄の掟】役員報酬は「一度決めたら1年間変えられない」

まず最初に、経営者が絶対に知っておかなければならない「ルール」があります。それは、役員報酬は従業員の給与とは全く異なる性質を持っているということです。

定期同額給与の原則

法人税法には、「定期同額給与」という非常に重要なルールがあります。これは、「役員報酬は、事業年度を通じて毎月同じ金額でなければ、会社の経費(損金)として認めない」という決まりです。

例えば、「今月は儲かったから100万円取ろう」「来月は資金が厳しいから10万円にしよう」といった変動は一切認められません。もしそのような払い方をした場合、変動した部分(例えば通常より多く払った分)は経費として認められず、そのまま法人税の課税対象となってしまいます。つまり、会社は「経費にならない支出」をすることになり、強烈な税負担を強いられることになるのです。

決定のタイムリミットは「設立から3ヶ月以内」

さらに、この役員報酬の金額を決定できる期間も厳格に定められています。

  • 新設法人の場合:会社設立から3ヶ月以内
  • 既存法人の場合:新しい事業年度が始まってから3ヶ月以内

この期間内に株主総会を開いて金額を決定し、一度支給を開始したら、次の決算期が来るまでの1年間、その金額を固定し続けなければなりません。

だからこそ、設立直後のこのタイミングでの意思決定が、向こう1年間の会社の財務状況を完全に縛ることになるのです。「とりあえず」で決めることがいかに危険か、ご理解いただけるでしょう。

第2章:【3つの視点】役員報酬を決めるための「天秤」

では、具体的にどのような基準で金額を決めればよいのでしょうか。役員報酬を決定する際には、相反する「3つの視点」を同時に考慮し、最適なバランスを見つける必要があります。

視点1:法人税 vs 所得税(税金のトータルコスト)

役員報酬は、会社にとっては「経費」であり、個人にとっては「収入」です。

  • 役員報酬を高くすると:
    会社の利益が減るため、「法人税」は安くなります。
    しかし、個人の所得が増えるため、「所得税・住民税」は高くなります。
  • 役員報酬を低くすると:
    会社の利益が増えるため、「法人税」は高くなります。
    一方、個人の所得が減るため、「所得税・住民税」は安くなります。

日本の税制では、個人の所得税は「累進課税」であり、所得が増えれば増えるほど税率が高く(最大45%+住民税10%)なります。一方、中小企業の法人税率は一定レベル(年800万円以下の利益なら約15%〜)で比較的低く抑えられています。

つまり、会社と個人の「税金の合計額」が最も安くなるポイントを探るのが、節税の第一歩です。

視点2:社会保険料の負担(見えないコスト)

税金以上に経営者を悩ませるのが、「社会保険料(健康保険・厚生年金)」です。

社会保険料は、役員報酬の額に比例して高くなります。そして、その負担率は給与額の約30%にも達します。この30%を、会社と個人で折半して支払います。

例えば、役員報酬を月額100万円(年収1,200万円)に設定した場合、年間で約300万円もの社会保険料が発生します。これは法人税や所得税に匹敵する、あるいはそれ以上に重い負担となります。

多くの起業家が「税金」ばかりを気にして、この「社会保険料」の重さを計算に入れ忘れ、後で資金繰りに苦しむことになります。役員報酬を決める際は、必ずこの社会保険料を含めたトータルコストで考える必要があります。

視点3:会社の資金繰りと銀行融資(生存戦略)

節税のために役員報酬を高く設定しすぎて、会社の手元現金がなくなってしまっては本末転倒です。会社は赤字でも潰れませんが、現金が尽きたら倒産します。

また、創業融資や追加融資を考えている場合、「会社が黒字であること」は非常に重要な審査ポイントです。過度な節税で役員報酬を取りすぎて会社を赤字にしてしまうと、銀行からの評価が下がり、いざという時に資金調達ができなくなるリスクがあります。

「節税」よりも「会社の生存」と「信用」を優先すべきフェーズがあることを忘れてはいけません。

第3章:【シミュレーション】年収別・手取りと税金の黄金バランス

それでは、具体的な数字を見てみましょう。「会社の利益(役員報酬を引く前の利益)」が一定額あると仮定した場合、役員報酬をいくらに設定すれば手元に残るお金(会社と個人の合算)が最大になるのでしょうか。

※以下のシミュレーションは、東京都の協会けんぽ(40歳未満)、法人実効税率などを考慮した概算です。扶養家族の有無やその他の控除により変動します。

ケースA:会社の利益が「500万円」の場合

創業初期によくあるケースです。

役員報酬(年額) 会社に残る利益 税金・社保合計 手残り合計
0円 500万円 約120万円 約380万円
300万円(月25万) 200万円 約130万円 約370万円
500万円(月41万) 0円 約150万円 約350万円

【解説】
意外かもしれませんが、利益が少ない段階では、無理に役員報酬を取るよりも、会社に利益を残して法人税を払った方が、トータルの手残りが多くなる傾向があります。これは、役員報酬にかかる社会保険料の負担が重いためです。

ただし、役員報酬ゼロでは社長の生活が成り立ちません。この場合、「生活に必要な最低限の金額(月20〜30万円程度)」に設定するのが、資金繰りと税務のバランスが良いと言えます。

ケースB:会社の利益が「1,500万円」の場合

事業が軌道に乗ってきた段階です。

役員報酬(年額) 会社に残る利益 税金・社保合計 手残り合計
300万円 1,200万円 約430万円 約1,070万円
600万円 900万円 約400万円 約1,100万円
1,000万円 500万円 約420万円 約1,080万円

【解説】
利益が増えてくると、法人税率が上がる(年800万円を超えた部分は実効税率が高くなる)ため、役員報酬を増やして法人税を減らすメリットが出てきます。また、役員報酬には「給与所得控除」という個人の税金を安くする仕組みがあるため、これを活用することで全体の節税効果が高まります。

このケースでは、年収600万〜800万円程度に設定するのが、税務効率としては最も良い「黄金バランス」となります。

第4章:【銀行融資に勝つ】戦略的設定のポイント

節税だけを考えれば上記のシミュレーションで正解が出ますが、ここに「創業融資」という要素が入ると、話は変わります。銀行は、あなたの役員報酬をどう見ているのでしょうか。

1. 「役員報酬ゼロ」はマイナス評価

「会社にお金を残すために、私の給料はゼロにします!」という意気込みは、一見立派に見えますが、銀行員からは冷ややかな目で見られます。

なぜなら、「社長はどうやって生活するつもりなのか?」という疑問が解消されないからです。生活費がなければ、いずれ会社の資金を個人的に流用する(役員貸付金)リスクが高いと判断されます。最低でも生活できるレベルの報酬を設定することが、経営者としての責任と見なされます。

2. 「高すぎる報酬」も危険信号

逆に、創業直後から月額100万円以上の報酬を設定すると、「この社長は会社の成長よりも自分の懐を優先している」と判断され、心証が悪くなります。また、高い報酬によって会社が赤字になれば、返済能力がないと判断され、追加融資が絶望的になります。

3. 銀行が好む「最適解」

銀行が最も安心するのは、以下の状態です。

「社長が生活できるだけの十分な役員報酬を支払った上で、会社もしっかりと黒字を確保している」

つまり、創業1年目は「月額25万〜40万円」程度に設定し、確実に会社を黒字化させること。これが、2期目以降に「事業性評価」で好印象を得るための、最も堅実で効果的な戦略と言えます。

第5章:【法的根拠】役員報酬の“変えられないルール”を深掘りする

ここからは、役員報酬を扱う際に避けて通れない「法的根拠」について、実務レベルで押さえておくべき条文を整理します。特に、法人税法上の「定期同額給与」は、調査でも頻出の論点であり、間違った運用は即否認につながります。

1. 法人税法34条(定期同額給与)

法人税法34条1項は、役員給与のうち「定期同額給与」に該当する部分のみ、損金算入を認めると明記しています。条文の趣旨は、

「役員報酬の恣意的な増減による課税所得の調整を防止すること」

にあります。したがって、月額を途中で変更することは原則不可であり、例外的に認められる場合は以下3つのみです。

  • ① 定期同額給与(事業年度開始から3ヶ月以内の改定)
  • ② 事前確定届出給与(決めた通り支払う一時金)
  • ③ 業績連動給与(公開会社等で厳格要件を満たす場合)

特に①については、「設立から3ヶ月以内」という期限を1日でも過ぎると、増額は全額否認され、法人税が跳ね上がります。実務上、最も事故が多いポイントです。

2. 法人税基本通達9-2-12(期中減額の否認)

期中で役員報酬を減額した場合、原則として「減額後の金額全体」が定期同額性を欠きます。すなわち、

減額後の給与を損金不算入とし、法人税を追加で納付することになる

という極めて重いペナルティが科されます。

例外は極めて限定されており、通達上は以下のような「やむを得ない事由」が要求されます。

  • 大規模災害に伴う緊急的な資金繰りの悪化
  • 不可抗力の業績急落

単なる資金繰りの悪化(売上不振程度)では認められないケースが多数であり、税務調査でも厳格に判断されます。

3. 社会保険の標準報酬月額との関係

役員報酬は、健康保険法・厚生年金保険法上の「標準報酬月額」の基礎になります。7・8・9月の算定基礎届で確定した等級は、原則として翌年6月まで固定されます。

したがって、次の2点はいずれも誤りであり、実務上の事故につながります。

  • × 途中で報酬を減らせば社会保険料も下がる
  • × 支給額を毎月調整すれば負担を抑えられる

実際には、法律上の固定制度により、安易な報酬変更はむしろ企業負担を増やし、否認リスクも高めます。

第6章:【実務テンプレ】最適な役員報酬を決めるための確認ステップ

ここでは、税理士が実際の顧問先で用いているプロセスを、経営者向けにシンプルに落とし込みました。初回設定時・期首3ヶ月以内の改定時のどちらにも使える手順です。

STEP1:会社の利益計画(役員報酬控除前の利益)を確定する

法人税の節税余地を判断するには、「役員報酬を控除しない利益」を把握する必要があります。黒字幅・設備投資計画・融資返済額・税引後利益の目標を必ず一覧化します。

STEP2:社長の家計(最低必要額)を把握する

金融機関の審査でも必ずチェックされる部分であり、以下を合計した「最低生活費」を算定します。

  • 家賃
  • 食費・通信費
  • 教育費
  • ローン・保険料

STEP3:税金・社会保険料の総額をシミュレーション

複数パターン(月25万/40万/50万/70万等)で比較し、法人+個人+社保の総支出が最も少ないポイントを探します。累進課税の影響と法人実効税率の差が大きく効きます。

STEP4:銀行融資の視点で赤字を避ける

創業〜2期目までは「必ず黒字」を最優先にします。特に、日本政策金融公庫・信用金庫は、

「役員報酬支払後も黒字」=返済能力あり と評価する

ため、利益計画との整合性を必ず取ります。

STEP5:株主総会議事録と支給開始日の整備

法人税法上の要件を満たすためには、次の3点が必須です。

  • ① 総会決議(議事録)
  • ② 支給開始日を事業年度開始から3ヶ月以内に設定
  • ③ 振込記録と給与台帳の整合性

この3つが揃わないと、税務調査で否認される大きなリスクが生じます。

第7章:【FAQ】役員報酬に関する、よくある5つの疑問

最後に、多くの起業家が抱く疑問について、Q&A形式でお答えします。

Q1. 会社設立前ですが、いつまでに決めればいいですか?

A. 設立後3ヶ月以内に決めて、支給を開始してください。

厳密には、設立日から3ヶ月以内に「株主総会」を開いて決定する必要があります。また、年金事務所への届出(社会保険の加入)は設立から5日以内とされていますので、実際には設立直後に速やかに決定するのがベストです。

Q2. 妻を役員にして報酬を払うと節税になりますか?

A. はい、所得分散効果による大きな節税になります。

社長一人が1,000万円取るよりも、社長500万円・妻500万円と分けた方が、税率は低くなり、手取り総額は増えます。ただし、奥様が実際に会社の業務に従事している実態が必要です。何もしていないのに報酬だけ払うのは脱税行為となりますので注意が必要です。

Q3. 資金繰りが苦しい時、役員報酬の支払いを止めてもいいですか?

A. 「未払い計上」をすることで、支払いを待つことは可能です。

資金不足で実際に振り込めない場合でも、帳簿上は毎月「役員報酬」という経費を計上し、「未払金(会社から社長への借金)」として記録し続ける必要があります。勝手に金額を減らしたりゼロにしたりすると、定期同額給与のルールに反するため、税務上のペナルティを受ける可能性があります。

Q4. 役員にボーナスは出せますか?

A. 可能ですが、「事前確定届出給与」の提出が必須です。

従業員のように「利益が出たからボーナスを出そう」ということはできません。あらかじめ税務署に「いつ、いくら払うか」を届け出ておく必要があります(設立から2ヶ月以内など期限厳守)。届け出なしに払ったボーナスは、全額が経費になりません。

Q5. 年の途中で役員報酬を変更できる例外はありますか?

A. 「経営状況の著しい悪化」など、限定的な理由なら可能です。

単に「売上が下がった」程度では認められませんが、主要取引先の倒産や、銀行とのリスケジュール協議が必要なレベルの経営危機に陥った場合は、期中での減額が認められます。逆に、増額することは原則として翌期までできません。

第8章:【結論】創業期の黄金バランスは「税金」よりも「生存」と「信用」

全体を通じて、創業期の役員報酬は次のバランスで決めるのが最適解です。

  • ① 社長の生活費は確実に確保する(月25〜40万円)
  • ② 会社は確実に黒字化する(融資評価が最優先)
  • ③ 税金よりも社会保険料の影響を重視する
  • ④ 定期同額給与の法的要件を厳密に守る

役員報酬は、一度設定したら1年間変えられない「会社経営の最重要パラメータ」です。税理士と相談しながら、会社と社長の双方にとって最適な“黄金バランス”を見つけてください。

私たち荒川会計事務所では、創業者の皆様の事業計画に基づき、税金と手取り、そして融資評価を最大化する最適な役員報酬額のシミュレーションを無料で行っております。

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記事執筆監修者

荒川会計事務所(経営革新等支援機関(認定支援機関))代表税理士・登録政治資金監査人・行政書士の荒川 一磨です。

    

会社設立と創業融資を得意とし、何でも相談できる話しやすいパートナーであることを心掛けている事務所です。

事務所所在地 〒160-0022 東京都新宿区新宿2-5-16 霞ビル8F

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